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12月納め満月護摩厳修。来年の満月初護摩は1月21日(月)。午前10時・午後2時。青蓮院本院から臨時バスあり。

12月23日 (日) 満月 納め月護摩おつとめしました。

連休の中日の日曜日でもあり、全国から多くの方がお参りいただき、大変うれしく思っております。

平成30年を振り返って。 激動する世界。

日中の経済戦争。ファーウェイ。中国の覇権主義と立ち向かうアメリカ。イギリスの合意なきEU離脱。シリア、イラン等中東やアフリカの終わりのない内戦と難民。トランプ大統領の無謀なまでに独走するアメリカ第一主義。マチス国防大臣の辞任。メキシコ国境との壁の構築。そして株価の暴落。

国内は、集中豪雨、地震、台風。 多くの災害に見舞われ、先の予測のできない不安感があります。

その中での心構えをお話しました。

来年の満月初護摩は、1月21日(月)です。

10時 14時の2座を勤めます。

本院から臨時バスを運行します。

どうぞお誘い合わせ初詣、お待ちしています。

月護摩

12月満月納め護摩は12月23日(日)午後2時より青龍殿にて

11月の満月護摩は23日 連休初日にお勤めしました。 新潟、福井、名古屋、姫路 他、全国各地から多くの方が参拝され、ありがたく思っております。

連休初日で高速道路の渋滞、市内の交通渋滞の中、山上までお上がりくださりありがとうございました。

紅葉が見ごろとなってまいりました。

気温がそんなに低くなっておりませんので、11月いっぱいは持つのではないかと願っています。

12月満月納め護摩は、23日の日曜日ですので、一年のしめくくりにぜひご参拝ください。

月護摩

次回の満月護摩は11月23日(祭日)午後2時からです。10月25日(木)10月の護摩をお勤めしました。

快晴で気持ちの良い護摩でしたが、10月末を控えてお忙しい方々もいらっしゃったと思われ、ご参拝が少なく残念でした。

今月は、今問題が発生している免振ダンパーの会社のことをとりあげ、五戒の中の「嘘をついてはいけない」についてお話ししました。

あわせて言い訳をしないにも通じること、他人事ですまされないこと、等、門主の思いを聞いていただきました。

今夜の満月は特に美しいと思います。

ぜひ思いを込めて見上げて下さい。

月護摩

10月の満月護摩は10月25日(木)です。 9月の満月護摩は9月25日厳修いたしました。

9月の満月護摩は、9月25日(火) 午後2時よりお勤めしました。午前中の雨があがり、清々しい日となりました。

大阪なおみ選手のナーシャ コーチ。 シンクロの井村コーチ。スポーツの頂点の選手にとってにコーチがどんなに大切な役割なのか。

同じように人生のコーチは、自分を超える大きな存在、大きな力が必要。

それは宗教の力。

そしてお不動様のお力。

そのあたりを詳しくお話しました。

10月の満月護摩は10月25日(木)です。午後2時から。 青龍殿でお待ちしています。

開始15分前までにお越しください。

月護摩

次回の満月護摩は9月25日(火)です。 8月26日 8月の満月護摩をお勤めしました。

8月の満月護摩 大変暑い日でしたが、日曜日になったこともあり、大勢の方のご参拝をいただきありがとうございました。次回は9月25日(火)です。

8月は終戦の日、広島、長崎への原爆投下の日があり、毎年深い思いを持ちます。

先日 NHKの夜間のBSで、なぜアメリカは核開発を始め、完成後ただちに実戦投下に踏み切ったのか、について ことのいきさつを詳しく報道しました。

そもそもヒットラーが核開発を開始しそうで、それに負けずにヒットラーより早く開発を終わらせることが、当初の発端。


国家予算の何倍もの巨額な機密費、2〜30兆円を投入、ルーズベルト大統領の決断により、のべ13万人の人をつぎ込み、ロスハラモスに優秀な物理学者2000人を缶詰にし、戦争終結に間に合わせることを目標とした。

原爆投下のゴーサインは、なんとしても実戦に使用したかったルーズベルト亡きあとを継いだトルーマンとロスハラモスのオッペンハイマー所長 等 数名による決断の暴挙であった。

既にドイツは開発をあきらめたことをキャッチしていたので、開発の第一義的要因は無くなっていた。

ルーズベルトはその被害の甚大なことを知り、実際の実戦投下をせず、実験を日本に示し、その脅威を知らせて降伏させるべきとの進言を受けていたが、5月に亡くなってしまう。

後を継いだトルーマン等は、機密費を使った膨大な開発費用が明るみに出たとき、実戦に使用しないと、世論から責任を追及されることを恐れたためとも云われている。

一握りの人の決断で20万人の命が失われた。

これは、その人達の人間性のことだけと考えるべきではないと思う。

その場におかれれば我々誰しもそのように追い込まれる可能性がある。

そして、われわれ日常において、規模は小さいが、様々な決断をしていて、そのような過ちを犯さないようにしなければ。 このことはそのための、教訓としなければ。

仏教は、己のことを捨てて、他の人のために尽くすことが、最も尊いことと教えています。

我々日常において、決してトルーマンや、オッペンハイマーになってはいけない。

月護摩

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